研究成果

研究1・2ナッジ理論の応用事例の収集と健康無関心層の実態に関する調査

全国4,031(地方公共団体:2,584、健康保険組合:1,447)の対象団体へ調査票を郵送し、220の団体から回答を得た。そのうち、200団体から、ナッジを応用した保健事業403事例を収集した。403事例を「健診・検診」「特定保健指導」、「運動」、「栄養」、「喫煙対策」、「健康づくり」、「その他」に分類すると、「健診・検診」が160事例(40%)と最も多く、次いで「健康づくり」が134事例(33%)だった。

収集した保健事業がどのようなナッジを応用しているのか、その具体的手法や特徴を把握するためのフレームワーク「MINDSPACE」を用いて分析したところ、ナッジ手法では「インセンティブ」が175事例(43.4%)と最も多く、次いで、「MINDSPACE」に当てはまらないまたは、ナッジ手法を用いていない「判別不能」が108事例(26.8%)だった。また、単一のナッジ手法だけではなく、複数のナッジ手法を応用した事例が42事例(10.4%)あった。

ある医療保険組合の被保険者における2017年度の特定健診および2016年度の特定保健指導のデータを分析すると、健康無関心(*1)は、男性35%、女性25%が該当し、男性では、年齢が高いほど、女性では低いほど割合が高かった。また男女ともメタボリックシンドローム判定の非該当、保健指導レベルが情報提供であるものの割合が高かった。さらに生活習慣(喫煙や飲酒、運動習慣)が悪いほうが、健康無関心の割合は高かった。

ロジスティック回帰分析では、統計学的な調整をした結果、年齢が高く、メタボの非該当、保健指導レベルが情報提供であるもの、内服なしのもの、喫煙者、毎日飲酒者、運動習慣がない人、体重増加者に、健康無関心であることが有意に高い傾向だった。女性では、50-54歳、内服あり、喫煙者、飲酒者、体重増加者で高い傾向だった。

女性のメタボリックシンドローム該当の人数は少なかったため、メタボリックシンドローム(予備群含む)の男性の健康無関心の特性を調べると、年齢が高いこと、内服なしであること、喫煙者、飲酒者、運動習慣なし、体重増加が関係しており、ロジスティック回帰分析を行っても同様の結果だった。
健康無関心の定義を変えると(*2)、運動習慣のないこと、前年度保健指導を受けていないことが、健康無関心の男性に有意に関係していた。ロジスティック回帰分析では、調整した分析で、喫煙者であること、前年度保健指導を受けたことが、健康無関心の男性と有意に関係していた。

  • (*1)特定健診の問診での変化のステージ(「運動や食生活等の生活習慣を改善してみようと思いますか。」)の回答で「①改善するつもりはない」と回答したもの。
  • (*2)特定健診の問診での保健指導の希望(「生活習慣の改善について保健指導を受ける機会があれば、利用しますか。」)の回答で「②いいえ」と回答したもの。

研究3健康無関心の概念整理と尺度化に関する研究

まず健康への関心、無関心に関する英語・和文論文の文献レビューから、類似概念や尺度について整理し、検討を重ねて33項目の健康関心度尺度を作成した。次に、30~60歳代の男女各50名、計400名に対してインターネット調査を行った。調査の回答者には2週間後に同様のアンケートを再度配信し、回答を依頼した(回答率100%)。尺度の妥当性は因子分析、信頼性は再テスト法とクロンバックのα係数で検討した。

検討の結果、回答の分布に特に偏りが大きく、健康全般への関心について尋ねた他の項目とは異なる因子にまとまった9項目を削除し、全22項目、3因子の下位尺度からなる尺度を作成した。各因子は、「健康に対する関心」、「健康の相対的優先度」、「健康を守ろうとする意識」と名付け、順に10、8、4項目となった。尺度の内的整合性、一貫性は、概ね良好な値を得られた。

研究4コミットメント効果を活用した職域健診の慢性疾患リスク減少効果における社会経済格差是正の取り組み

企業における2019年度の一般健康診断の実施において、行動科学理論を活用した「健診戦(*3)」という取り組みを行った。はじめに全従業員を対象に、健診の1.5か月前にウェブサイトによるワンクリックのエントリー登録を案内。次に、エントリーがあった人には昨年度からの健診各項目の改善を目指して、身体活動や食餌の改善を目指すことが推奨された。健診結果から、昨年の各健診項目の改善率をスコア化し、効果が高かった人には景品等が送られた。従来の特定健診・特定保健指導との違いは、対象者・指導開始時期のほか、指導はないことや、健診戦後にフィードバックがあり、結果報告が直接成果確認につながる点である。

主要な行動科学理論をもとに考察すると、健診戦には従来の保健指導の課題を克服しうる複数の工夫がなされ、保健行動への動機づけが不十分な個人でも保健行動をとれる可能性が示された。また、2018年と2019年の健診データがある4000名弱を対象に健診戦の効果に関する解析を行ったところ、エントリーに職位や雇用形態による差はなく、エントリーした人はエントリーしていない人に比べて統計的に有意に代謝性疾患リスクの数値の改善がみられた。

  • (*3)健診戦の特徴の一部は以下のとおり。スポーツイベントイメージした参加プロモーション;コンペティション形式;健診受診をもって取り組みが終了;景品等のインセンティブありなど。

研究5栄養・食生活分野における健康無(低)関心層の特徴について

2017年度埼玉県民栄養調査データを二次利用し、無作為に抽出された30~65歳男女1,440名に質問紙調査を行った。プリシード・プロシードモデルを参考に、健康無(低)関心層がとり得る好ましくない食行動として8項目(*4)、関連要因として準備要因に3項目、強化要因に1項目、実現要因に2項目、そのほか属性、社会経済的状況を設定した。質問紙調査への回答者は639名(回答率44%)で、本人が回答し、対象者特性(性、年齢、世帯構成、社会経済的状況等)の回答に不備のない583名(男性267名、女性316名)を解析対象者とした。

食行動、その他の行動、および知識・態度等について、対象者の特性との関連をロジスティック回帰分析で検討したところ、男性は女性に比べて、朝食欠食があり、栄養バランスがとれた食事が毎日ではなく、野菜が1日3皿未満で、エネルギーの栄養成分表示を活用せず、外食や中食などのより簡易な食習慣をもつ人が多かった。また、年齢が若い層では、減塩の工夫がない、食塩の栄養成分表示を活用しない人が多かった。一方、職業では、フルタイムの人に比べて無職やパートタイムの人で、減塩の工夫がないことや、野菜が1日3皿未満、食塩の栄養成分表示を活用しないといった好ましくない食行動をもつ人は少なかった。暮らし向きでは、ゆとりありの人に比べて、ふつうの人で、減塩の工夫がない人が多かった。さらに、ゆとりありの人に比べて、ゆとりなしの人、ふつうの人において野菜の適量を知らない人が多かった。加入保険では、国民健康保険以外に比べて、国民健康保険に加入している人において、野菜の知識がない人や、ヘルシーメニューの活用意欲のない人が多かった。

減塩の工夫を優先課題とし、減塩の工夫をしていないことに関連する要因を検討したところ、年齢層が低いこと、暮らし向きがふつう、多世代世帯、食塩表示を活用しないことが関連していた。

  • (*4)①朝食欠食あり、②減塩工夫なし、③栄養バランス(主食・主菜・副菜そろった食事を1日2回≦5日/週)、④腹八分目なし、⑤野菜料理1日3皿未満、⑥栄養成分表示(エネルギー)を活用しない、⑦栄養成分表示(食塩相当量)を活用しない、⑧簡易な食習慣(外食、中食、丼などの一品料理を食べる頻度の3項目をもとに算出)

研究6自治体におけるナッジを活用した取り組みについて~事例収集~

2020年2月に実施された全国保健所管理栄養士会によるスキルアップ講座に参加した保健所管理栄養士(約100名)に、事例収集の調査と、講座内で行われた講義に対する感想の回答依頼を行った。事例収集では、1)行動経済学・ナッジに基づく事業の有無、2)事業の分野(栄養・食生活、身体活動・運動、禁煙、健診・検診、その他)、3)事業名、4)目的、5)対象者、6)実施年度、7)成果や課題を尋ね、最大5事業まで回答できるようにした。講義の感想では、今後の行動経済学・ナッジを取り入れた事業実施についてや、事業を展開する上で必要な支援などのニーズを把握した。自由記述については項目ごとに整理し、内容分析を行った。

回答者は27名から得られ、行動経済学・ナッジを活用した事例は8名からのべ11件の回答が得らえた。事業の対象は、給食施設・企業が5件と最も多く、次いで地域住民4件、従業員2件、飲食店・配食サービス2件であった。主な成果には、ヘルシーメニューの増加や利用率の向上などが挙げられていた。課題には、事業の拡大や継続などが挙げられており、今後事業を展開していく上で必要な支援としては、「ナッジを活用した事例の紹介」、「専門家からのアドバイス、相談窓口」、「他部門との連携、トップへの働きかけ方」などが挙がっていた。

研究7健康への関心度及び性年齢階級別の喫煙状況の基礎集計

2019年に実施したインターネット調査の回答者、15-73歳の男女8,784人を対象として、健康への関心度別に喫煙状況(紙巻きタバコ・新型タバコ(加熱式タバコ(アイコス、グロー、プルームテック)、電子タバコ)・併用タバコ(紙巻きタバコと加熱式タバコの両方)に分類)を調べた(*5)。性・年齢階級別に、さらには健康診断受診の有無別に集計した。

男性の26.1%、女性の10.1%が紙巻きタバコもしくは新型タバコの喫煙者(*6)であった。健康への関心度が低いと、紙巻きタバコ・新型タバコ・併用タバコそれぞれの使用割合が高くなる傾向にあったが、タバコの種類別にみると新型タバコと併用タバコは紙巻きタバコと比べて、その傾向が弱かった。

性・年齢階級別でみると、男性の15-29歳では、関心度が高い方が併用タバコの割合が高く、他とは異なる傾向がみられた(併用タバコの割合(関心度が高い順): 10.9%、9.5%、7.1%、4.3%)。

健康診断の受診の有無別でみると、受診の有無に関わらず、関心度が低い方が喫煙者は多く、タバコの種類別にみても、紙巻きタバコ・新型タバコ・併用タバコそれぞれの使用割合が高くなる傾向にあった。このことから、健康診断実施の場は、禁煙啓発を行う一つの機会として重要と考えられた。

健診受診・健康への関心度別でみると、15-29歳の男性では、関心度が高い方が併用タバコの割合が高かった。

加熱式タバコ使用者における紙巻きたばことの併用状況と健康への関心度別にみると、加熱式タバコを使用している人のうち、男性の69.7%、女性の61.2%が紙巻きタバコと併用していた。男性では関心度が高い方が、女性では関心度が低い方が紙巻きタバコとの併用者の割合が高くなる傾向を示した(紙巻きタバコとの併用者の割合(関心度が高い順):男性 78.4%、67.8%、69.4%、63.2%、女性 50.0%、61.2%、65.2%、85.7%)。

  • (*5)健康への関心度は「自分の健康をよくすることや維持することに対して関心がある方だと思いますか」という質問に対し4件法で調査。
  • (*6)直近30日以内に紙巻き・加熱式・電子タバコのいずれかを吸ったり使ったりしたことのある人。

研究8行動経済学を応用した体を動かす人を増やす研究

行動経済学を応用した介入の実施状況を整理するため、学術論文レビューおよび一般公開データ・調査データに基づく事例収集を行った(*7)。

学術論文の一次レビューでは、31編の論文が選定された。そのうちアウトカムごとに内訳をみると、身体活動(歩数以外)11編、歩数6編、座位行動1編、階段利用1編、運動8編だった。用いられていた行動経済学の手法は、社会的規範や競争、金銭的インセンティブを利用した損失回避等であった。

事例収集の結果、地域や職域の好事例の中に、行動経済学を応用していると考えられるものが複数見出された。多く見られた例は、スマートフォンアプリや歩数計を活用し、「ゲーミフィケーション」や「インセンティブ」の要素を取り入れたものであった。

無関心層を取り込んだ好事例として、職域では勤務時間中やオフィスで実践できる取り組み、地域では地元経済の活性化や社会貢献につながる工夫が凝らされたものが見出された。

  • (*7)学術論文レビューでは2002年1月~2019年7月に発行された、成人においてナッジや行動経済学の理論を用いた介入で、身体活動や運動、座位行動をアウトカムとする英語論文(総説やレビュー論文以外)を検索対象とした。一般公開データ・調査データに基づく事例収集は、①中央官公庁や地方自治体、協会けんぽ、協会けんぽ全国支部、全国知事が公開しているウェブサイト、②国内新聞のデータベース、③3,287社の企業を対象とした自記式質問紙調査から、行動経済学の要素があるか無関心層に向けた運動の取組みの情報を収集。また、回答が得られた地方自治体のうち好事例と思われる自治体には追加調査も実施。

研究9「マスメディアキャンペーンを用いた健康促進介入研究の文献検討」

検索語「media campaign」x「health promotion」x「effective」を用い、2015年~2019年にPubmedに掲載されたレビュー論文を収集した。主題がメディアキャンペーンであり、対象となる行動が身体活動、禁煙、栄養、健診・検診に関連することを包含基準とした。

検索の結果6本の論文が抽出された。メディアキャンペーンには、マスメディアやソーシャルメディアへの広告出稿だけでなく、メディアや地域コミュニティへのアドボカシー活動や対象グループへの対人コミュニケーション活動が実施されていた。ヘルスリテラシーに制限のある集団に対しては、テレビやラジオ、映画などの伝統的なメディアでの取り組みがあった一方、スマホなどの情報通信機器に習慣的にアクセスする集団へはTwitterなどのソーシャルメディアを用いた取り組みが報告されていた。キャンペーン指標としては、キャンペーン名やメッセージの想起率や認知率などが使用されていた。ソーシャルメディアのキャンペーンの場合は、アクティブユーザ数などが指標とされていた。

この研究の結果、自治体や研究者による健康増進手法としてメディアキャンペーンを行う際の指標を探索することができた。

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